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記: 大学を辞められた後はどうされたんですか? 岩井さん: 実家に帰ってきてから、僕は学歴も大学中退なので、普通に就職できるとは思わなかった。それで、最初は森永アイスクリームの夜勤工場に働きに行っていました。ベルトコンベアに乗るソフトクリームに透明のキャップをはめる仕事をやりましたね。3日間だけ。でも3日間やったら気が狂った(笑)。「こんなことやってしか生きていけないなら死んだ方がましだ」なんて思ってしまって、それから就職活動を始めました。正社員として採用してくれる会社もあったんだけど、僕はあえてリクルートでのアルバイトの道を選んだんですね。 記: それはなぜですか?
岩井さん: 人生は縁だと思います。大学の時にリクルートでちょっとバイトしたことがあって、「なんかおもしろい会社だな」と思っていたんですよ。その頃はアルバイトっていう立場に自分をおいて、適当に人生を生きてこうと思っていたんですよね。だから正社員になることがあんまり自分の中で大事ではなかったんです。それよりも、すごく熱心に誘ってくれたので、「じゃあしばらくはバイトでもしよう」くらいの感覚でした。リクルートでは非常に営業マンとして売れて、全社トップにまでなりました。その功績が認められて、一年後には社員になることができたんです。でもそこに3年間しかいなかったんですけどね。 記:なぜ辞めてしまったんですか? 岩井さん: 今講演会でその当時のことを話すときは「全社トップになっちゃったし、なんか目標がひとつ達成できちゃったんで」なんてカッコつけて言っているんですけど、本当は女のことで辞めましたね。当時付き合っていた女の子が少し問題を抱えている子だったんです。僕は彼女をなんとかしなきゃと思って、仕事そっちのけで一生懸命がんばっていたんです。でもそれが上司にばれて、「お前ばかやろう、仕事と女とどっちが大事なんだー」とか言われたの。その上司大嫌いだったのね。僕はすぐ売り言葉に買い言葉だから、「女が大事に決まってんだろうが、このやろう!!」って(笑)。「仕事なんかなんだってできるよ、だけどこいつを救えるのは俺だけなんだ」とかわけのわからないことを言って会社を辞めたんです。 記: すごいですね(笑)。カッコいいです。 岩井さん: いや、カッコよくないの(笑)。でも本当にそのとき思ったんだよね。仕事なんか何やったって生きていける。だけど、その子のことを救えるのは僕しかいなかった。だから「そんなことしか言えない上司の下で仕事なんかできるか!」と思ったんですよね。それともう一つはね、僕自身が普通になりすぎた。いったん応援団っていう世界に入って、ちょっと普通の人と違う世界にいたわけでしょ。しかも大学中退してめちゃくちゃになってレールを外れちゃっていたのに、知らないうちにリクルートっていう会社によって僕はもう一回レールの上に乗っけられたんですよ。「あ、なんか俺いろいろやってきたけど、気がついたら普通になってんじゃん」みたいな自分がいて、心の底で「つまらない」って思っちゃったんです。それと同時に「俺はこんな普通の人間じゃないんだ。もっといい加減でくちゃくちゃな人間なんだから、自分の本当の居場所に戻らなきゃ」っていうのがあったんですよ。 学生時代にもちろん応援団を一生懸命やっていたんだけど、その傍らいろんなバイトをしていました。特に水商売。「こんなことは社会に出たら絶対に経験できない、でも学生ならバイトでやれるだろう」と思って、本当にいろいろやりました。自分はそういう水商売とかに向いているんじゃないかっていう思いがあったので、リクルートを辞めた時は「もう田舎に帰って水商売をやろう」と思いました。 記: それがどうして塾の講師へなられたんですか? 岩井さん: その頃26歳か27歳だったと思うんだけれども、忙しすぎて車の免許を取る時間もなかったんです。とにかく何をやるにしても免許を取らなければと思って自動車学校に通うことにしたんですね。そうすると学校に通うのに2、30万円かかるじゃないですか。でもお金が全然無かった。そこでバイトしようと思った時に、一番時給が高かったのが塾の講師だったんです。教育をやりたいなんてこれっぽっちも思ってなかった。本当に1ヵ月夏期講習の先生をやれば2、30万円稼げるっていうその思いだけでバイトから始めて、それがここまできちゃったっていう感じですね。 記: なぜ今まで続けてこられたんでしょうか? 岩井さん: いざ子どもに接してみるとかわいいし、何より自分の言うことを聞いてくれるのが快感だったんですよ。今までもいろいろしゃべって、人が僕の言うことを聞いてくれたんだけど、純粋さが違っていたんだろうね。自分が発するしょうもない言葉によって、それに影響を受けてがんばる子どもが出たり、進路を決める子が出てきたりして、それがすごくうれしかった。僕は人の人生を変えたり決めたりするのが大好きなんですよ。途中まではすごく怖いことだったの。でも人生なんてしょせん人との出会いの繰り返しだってことを悟った瞬間から、自分という人間によって人の人生が変わることがけっこう面白くなっちゃたんですよね。「あ、この仕事ってそういうことができるんだ」って思った。何年かして、生徒が社会人になる時によく相談に来るんですよ。「先生どこの会社に入ったらいい?」「ここ!」みたいな(笑)。いろいろ相談にはのってやるんだけど、「いや、でもお前はここだろ!」っていうようなやり取りを何度かしましたね(笑)。そこでそれぞれがんばっている教え子たちを見ていると楽しいなと思います。また、例えばそこで誰か女の子と知り合って、結婚することになって結婚式に呼ばれる。そんな時につくづく思うんですよね。「あそこで、俺がここって言わなかったらこの女の子とは出会ってなかったなぁ」なんて。本当に人生って面白いなと思いますよ。
僕の人生はリクルートの2人のマネージャーのじゃんけんで決まりましたからね。入社した時に、広告事業部のマネージャーと、住宅情報事業部のマネージャーがいました。2人が僕のことを気に入ってくれて、どちらに配属するか決める時に僕の目の前でじゃんけんをしたんですよ。阿部さんがパー出して勝ったから今の僕がいる。このとき西川さんがグーじゃなくてチョキを出していたとしたら、僕はきっと今頃不動産会社の社長だろうねってよく言ってるんです。リクルートっていう会社でも仕事によって全然違うんですよ。広告事業は全ての企業がお客様だから、僕は広くいろんな大企業から零細企業までの社長をいっぱい見てきたんですよね。そのことが自分にとってすごく勉強になったから、今いろんなことを考えられる。それが住宅情報に行っていたらたぶん不動産会社しか知らない。きっとどこかでマンション売っていたか、それとも不動産会社の小会社の社長をやっていたかもしれないでしょう。だから子どもたちによく言うんですけど、「自分の人生は自分で切り拓け」と。「でもな、よく考えてほしいんだけど、時に自分の人生は他人が決めるんやで」って。「自分とは全然関係の無いところでそういう要素が働くから、その時に自分がどう動くかが大切なんだ」って。本当に人生なんてわかんないよ。 |