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記: 広戸さんはご自身で、フィリピンの貧しい地域に住む人々に経済的援助をしたり、日本の若者をフィリピンや沖縄に体験学習に連れて行き、広い視野を学ばせるなど、様々な活動をしているNGO(※)を立ち上げられていますよね。 廣戸さん: 私が今やっているNGO「カパティ」を立ち上げたのは自然の流れでした。私はもともと1974~6年にかけてフィリピンで勉強していましたから、その経験が買われて1982年に上智大学が主催するフィリピン体験学習ツアーの引率を頼まれたところから始まりました。それから毎年活動を継続していくに従い規模も大きくなりましたから、上智大学とは別に聖心女子大学の中にもツアーを行うNGOを立ち上げようという事になり、1983年に作られたのがこの「カパティ」です。カパティとはフィリピンの言葉で「兄弟姉妹」という意味です。その5年後、日本の足元も見直そうという事で沖縄体験学習も始まりました。 記: 2年間フィリピンで何を勉強されていたのですか? 廣戸さん: 大学で英語を教えるために、教授方法をフィリピン国立大学の大学院で学んできました。これもまた不思議な話で、当初はアメリカの大学院に行こうと思っていて、実はもうアメリカの大学院に入学の手続きも済ましていたのです。日本では4月に学校が始まるけれど、アメリカは9月なので、私は入学まで4月から5ヶ月くらい時間が空いてしまいました。当初日本は世界各国から「自国の発展ばかりに注意を払いすぎず、他のアジア諸国との関係にもっと注意を払うべきだ。」という鋭い指摘を受けている時でした。私はこの問題について心を痛めていました。そんな時に仕事の関係でフィリピンに行く用事ができ、フィリピン行きの飛行機に乗っていました。私の隣に座っていらっしゃったのは、偶然にもフィリピン国立大学の教育学部の部長さんでした。フィリピン国立大学は聖心女子大学と心理学の共同研究をされていて、その部長さんは聖心女子大学の事も知っていらっしゃいました。しばらくお話をしていると彼が「私の大学に是非いらっしゃいませんか?」とおっしゃって下さいました。私は、同じアジアの国で勉強をしたい。と思いましたが、入学手続きを取り消すのは大変な事ですので一度はお断りしました。しかし、不思議な事に関係者がフィリピンに滞在中で、手続きが巧くできたのです。こうして私は晴れてフィリピン国立大学で学ぶことになったのです。 記: 不思議な事があるものですね。 廣戸さん: 心さえ開いていたら、神様がいいようにお導き下さるのですよ。 記: NGOをやっていて一番嬉しい事は何ですか?
廣戸さん: やはり、参加した学生たちが体験学習を通して自分とは何なのかをよく考え、何かしら感じ取り、学んでくれることが嬉しいです。卒業してから彼らの活躍を耳にすることも嬉しいです。卒業してから音沙汰も無かったのに、10年後位に自分の原点はフィリピンでの体験学習だったので、何かお手伝いします。とボランティアを買って出てくれる人もいますしね。私は人と人との繋がりを大切にしたいのです。 記: そこでも不思議な繋がりがありそうですね。 廣戸さん: はい。以前、学校側から、今まで貸し出していたカバティの活動部屋はもう貸せないと言われた事がありました。私は学内で他の適切な場所を探し、いい土地を見つけました。関係者に貸し出しを求めましたが、断られてしまいました。そんな途方に暮れていた時、知り合いの男の子が自殺してしまいました。私は悲しみに暮れる彼の母親を前に「私は彼が絶対に天国に行ったと信じています。彼に祈ります。」と言い、一生懸命彼の冥福を祈りました。その翌日、急遽その土地の貸し出しが認められました。それだけでは話は終わらず、場所は確保できましたが建物がありません。私たちは新しく建てるようなお金を持っていませんでしたから、もうダメかと諦めかけていました。そんな時、卒業生の一人が私を訪ねて来ました。彼女は、中学生のとき登校拒否でしたが、私は何とか卒業出来るまでお手伝いさせて頂きました。彼女は「先生に何か恩返しがしたいです。私が何かお手伝いできる事があれば言って下さい。」と言いました。偶然にも彼女のお父さんは建設会社の社長さんでしたので、私はまあ無理だろう・・・と思いつつ困っている状況を話しました。そうしたら次の日には彼女のお父さんの計らいで、小さな小屋が建つ事になりました。色々な方のご好意によって私たちの活動は続いているのです。
※NGO・・・人権、人道、環境、軍縮などの分野で活動する民間の国際協力団体のこと |