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記: 幼少の頃からシスターになろうと思われていたわけではないのですね? 廣戸さん: はい。私の家は元々が敬虔なクリスチャンの家系ではなく、父も私がシスターになった後にクリスチャンになった位ですから、小さい頃は考えてもいませんでしたね。 記: 修道院に入るに当たり、周囲の反対にあわれませんでしたか? 廣戸さん: すごく反対にあいましたね。ただ、父は聖心女子大学の学長さんの素晴らしさを知っていましたから、最後は聖心の修道院に入る事に賛成してくれましたが、母はもう泣くばかりでした。ただ、私はもう神様のお導きを受け、修道院に入るしかないと心は決まっていましたから、たいした困難も感じませんでした。 記: どのような子供時代を過ごされたのですか? 廣戸さん: 私は実は今で言う帰国子女なのです。父の仕事の関係でオーストラリアで生まれました。私が6歳の頃に日清事変が始まるかもしれないというので両親と兄弟姉妹6人で日本に引き上げて来たのです。今通訳の仕事もしていますが、英語は子供の時から話していました。 記: お父様は何のお仕事をされていたのですか?
廣戸さん: 最初は新聞記者に付いてオーストラリアを冒険していましたが、しばらくしたら現地で羊毛の仕事を始めました。当時で言う所の開拓者ですよね。そんな父の影響か、私も冒険好きなところがありますね。子供の頃から伸び伸びした性格でした。 記: 小さい頃は将来何になりたかったのですか? 廣戸さん: もう忘れてしまいましたが、シスターにだけは、なりたくありませんでした。私は6歳で帰国して、当時唯一英語が学べる学校という事で聖心の小学校に入りました。当時の聖心は今以上に規則が厳しくて、伸び伸び育ってきた私は毎日のようにシスターである先生に怒られていました。反抗しようとしていたわけではなく、一生懸命守ろうとするのに何故か型に収まりきらなかったのです。誰に言っても信じてもらえませんが、私は母に似て内向的なところもあり、悩んだりもしましたね。 記: どうやって乗り越えられたのですか? 廣戸さん: 小学六年生位の時、「私は私でいいんだ」と開き直れたのが良かったと思います。一つの世界に入るとそこでの規則が絶対のような気がして、自分を無理に型にはめようとしたり、そこで上手く出来ない自分がダメな人間のように思えてしまうけれど、一生懸命やっても無理なら仕方ない。また違う、自分に合う世界もあるはずだし、私は私でいようと吹っ切れました。 記: シスターになった後、ご自身でも学校で教鞭をとられたり、校長先生をされていましたが、子供の頃に経験した学校の規則に順応できず、苦しんだ体験は生かされましたか? 廣戸さん: 私は規則を守れないで罰せられたり、評価されたりする子供の気持ちがよく分かります。しかし、「廊下を走ってはいけない」と書かれている廊下を走っている生徒を見つけたら、他人とぶつかって、怪我でもしたら大変ですから注意はします。しかし、体面的ルールを破る生徒は道徳心が育っていないとか、人間的に未熟だと即断しないよう注意しました。また、対話によって納得いくような対処に努めました。 |