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3.誰かと関わるとき、「同じ目線で」と思うようになった

 

和栗さん: 私は実は子供の頃ずっとアメリカを羨望していました。中学の時から英会話を始めて、高校2年の時に「アメリカ留学」の夢を果たすわけです。カリフォルニアの公立高校に通いながらホームステイをしたのですが、その中で自分の中であこがれていたアメリカというのが、社会的に病んでいる部分があるということを嫌というほど肌で感じました。帰ってきた時には、アメリカについてがっかりした気持ちで居たんです。そのように悩んでいた次期に、日本ユネスコ協会が主催した「高校生のためのタイとバングラデシュ識字ワークキャンプ」というのがあり、それに参加して強烈な印象を受けたのです。アメリカの後の「アジア」。そして学校の学びではなくて、その場で学んだこと・感じたことがあまりにも強烈で。そのあたりから「人の意識を変える"学び"とはなんだろう?」という疑問がふつふつと出てきました。特に印象に残った経験はバングラデシュでした。ダッカの空港に降り立って、降り立つ時にものすごい人だかりができていて、なんでこんなに人がいるんだろう?と驚きました。荷物をチェックアウトして、そこからマイクロバスが出ていたんですけれども、そのバスまで約50メートル。両側に物乞いの人々が居たんです。

記: どれくらいいたのですか。

和栗さん: わからない!空港自体は小さいのですが、ぐわーーーーーっと…。2人とかじゃなく100人以上。みな手を出して「お恵みを」と言って来るのです。 何をくれと言っているのかというと「ペンをくれ」とか「花をくれ」とか。貧しそうに見えて、やせ細った人が、そのやせ細った腕を私に出している。子どもたちもそれをしている。その中には腕がなかったり、顔にやけどのような障害を持っている人がいる。ビックリして本当に死ぬような想いの50メートルでした。あの50メートルは長かったです。それで歩ききってバスに乗り込んで、あまりにもショックでどうしたらよいのかわからず、泣いていたんです。そしたらその時現地のコーディネートをしてくださった方が「泣いてもいい。感じることはいいことだ。でもね、ずっと彼らと付き合いたいとか、彼らと何か仕事をしたい、彼らと一緒にいい社会をつくりたいと思うなら、哀れみじゃだめなんだ。彼らの目線に立って一緒に考えることをしないと、うまくいかないよ。だから、これから1週間バングラデシュにいるわけだけど、いつも哀れんだり、いつも同情したりではダメだ。この物乞いの人達は、物乞いの労働組合みたいなものがちゃんとあって、朝9時から夕方5時までとちゃんと彼らのルールがある。これは職業として成り立っているんだから、こじきを一度も見たことがないような社会から来たからって、自動的にかわいそうと思うのは短絡的だ。」と言われました。それで、目からうろこがポロッと。ああ、そうか、と。そこで学んだことは、二つ。一つは、自分の尺度というのはあまりにも小さい社会—つまり自分が生まれ育ったところや現在いる場所—でしかできてない、ということ。もう一つは、哀れんでもいいけれども、哀れみだけでは彼らと仕事はできない。同じ目線に立たなきゃいけない。お互いが人間同志として。

少しコンテクストは違うのですが、私が学生と関わりたいと思うことや、誰と関わるにしても「同じ目線で」という点は、このときの経験が今でもすごく生きているような気がしています。

記: なるほど。その時のことが和栗さんがご自身なりに国際協力について深めるきっかけになったわけですね。

和栗さん: そうですね。その時から開発の仕事をしたいと思い、大学では「開発」における「政策と文化の融合」というのを勉強したくて総合政策学部を目指しました。そのワークキャンプのバングラデシュの村で初めて経験できた事が「半そでを着れない」ということでした。腕をそこまで見せるのがとってもセクシーなことだったりするのです。現地ではとにかく体をカバーして顔も隠さなければいけない。じゃあ、私たちみたいな日本人と彼らが出会う時にどう出会ったらいいのだろう。どちらかの文化をどちらかが「郷に入っては、郷に従え」ということで良いのか。しかし、お互いの文化的背景の違いがあるのでそれだけではおさまらない。その時にどういうふうに付き合うのか、それをさらなる開発に持っていった時、その文化と開発とはどうなるんだろう、と思ったのです。そんなことを学びたいと、ここ(総合政策学部)に入学しました。大学時代は開発をずっと考えていました。現場に出ていって、旅とかバックパッキングをしてそこの人と会ったりする中で、「日本人ができることって何だろう?」という問いをいつも持っていました。

記: 「日本人としてできること」ですか。

和栗さん: もちろん現場に出ていって何かすることはできるし、2週間なら2週間一生懸命肉体労働して、井戸を掘る等の手伝いはできると思う。でも「この『開発』というものを"必要なもの"としている世界の構造とは何だろう?」と考えてしまいました。すごく豊かな私たちがいて、コーヒーやアップルサイダー(※取材時にごちそうになった飲み物)、チョコ、エアコン。それらを持つ私たちがいる一方で、何十秒に一人の割合でおなかがすいて死んでしまう人が居る、地雷踏んで死んでしまう人が居る。でも、どうすればよいのか、自分は自分でこの生活の中で持ってきたものがある。日本人としての自分がいる。そんな時に、何ができるのか。2週間行って井戸を掘ればいいのか。いろいろ考えました。するとやはり「富の不平等」というテーマが浮かび上がってくるんです。

ここに杯のグラフ(ワイングラスの形のグラフ)があるとして、この大きい部分が富だとして、上位20パーセントの人が世界の富の80パーセントを占めている。じゃあ、上位20パーセントの人口の中にいて、世界の富の80パーセントを享受している日本の人間として何ができるか。そしたらこの偏りを少しなくすとか、もう少しこちら(ワイングラスの下の細い部分)にこれ(ワイングラスの上の方)から富の再分配がおきるような仕組みや、環境負荷を低くして生きるとか、何らかの自分が変わる方法ってないのかな、と考え始めたんです。

記: 自分の方から変わらなければいけない、と。

和栗さん: 途上国の現場に行って何かやる。それももちろん必要です。保健衛生も必要だし、教育も必要だし。でも、それと同時に「富んでいる国の方が変わっていかないといけない部分というのがあるのではないか?」と思ったのです。そこから「開発教育」に強い興味を持つようになりました。「開発教育」は世界の不平等のことや、いわゆる"南北問題"についての意識を高めるための教育のことです。 大学院に行く前に、少しグローバル教育について勉強しました。グローバル教育とは、「一人一人がよりよい社会をつくるためのアクティブな参加者になる」ということを目的としています。教育の目標とは、そういうことなのではないかと思っています。からっぽの器の中にどぼどぼと入れるのではなく、知識は必要だけれども「何のためか」「なぜ大学に来ているのか」とか、「この先どうしたいのか」「就職って何のためか」と考えていく事です。「自分がよりよく生きること」それが、「よりよい社会にどう結びつくか」ということを一人一人が考えて、一人一人がその方向に参加していく、ということなのではないかと思います。

 
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