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記: 大塚さんの仕事場はどちらにあるのですか? 大塚さん: 仕事場はここから20kmぐらいはなれた山の中にあります。 記: お仕事場を分けるのは何か意味があるのですか? 大塚さん: ここは隣が工場でモーターの音がします。普通ですと全然聞こえないのですけど、集中してやっていると、すごく高い音でキンキンキンというのが聞こえてきます。普段は全然聞こえませんよ。他にも私の普段の生活している中で、車の音は仕方がないですが、テレビや、気が付かない音だと冷蔵庫の音、時計の音などがあるんです。「音の中」で暮らしているんです。そういうのがいったん聞こえてくるともうたまらないですね。集中できない。集中すればするほど聞こえてくるんです。だからこれでは仕事にならなりません。それに、お客さんが来たり、電話が鳴ったりすると気持ちを切られてしまうので、何にもない所に行きたいと思い、山の上の空いた農家の横に仕事場を作りました。昔の人は時計の刻む「時」ではなく、朝日が昇ってそれが沈むまでの大きいゆったりとした時間の中で仕事をしていました。だから、昔の人は「線を描く」こと一つをとっても違うと思うんです。今、この面に毛を描くのはものすごく大変なんです。というのは、私達の知らない間にものすごくテンポの速い生活になってしまっているからです。毛は本当はゆっくりスーってこう描かないといけないのだけれど、そういう体になってしまっているから、今は我慢できずにさっと書いてしまう。そのリズム感の違いというのはなんとも言えないです。だからゆっくりとしたリズム感の中で製作を行うためには、出来るだけ昔のゆっくりした時間を現代に見出してやるということではないかと。 記: 音のない世界を持つことは大事なことですか? 大塚さん: 私にとってはね。向こうへ行くと音のしない時計と、冷蔵庫もいつも切っていて、帰る時に冷蔵庫のスイッチを入れて帰るとかね。普段出来るだけ周りの音を消しています。 記: 音のない世界を普段から持つことは私達にも必要であると思いますか? 大塚さん: 今は今でいいんですけど、違うものがあるというのを知るのもいいんじゃないですかね。何もないというのはどういうことなのか。電気がまったくないというのが真っ暗で怖い怖いという人もいますし。だから私の山の家に泊まってもいいよというと、怖くて泊まれないという人もいます。テレビもない、音もしない。でも、昔はそれが当たり前だったんです。昔は当たり前で、今は当たり前ではないもの、私は、これを謡曲もやるんですけど、呼吸の仕方なんかもこう大きく息をしてずーとはいていくという呼吸、ゆっくりなんですね。これがリズムなんですね。こういうリズム感が普段私たちの生活の中にはないですよね。だから謡曲なんかをすると、なるほどなと、分かるんです。だから、教室にくる生徒さんにも、毛を描くときとか、筆を細かく動かしちゃうんですね。筆を放してはダメ、付けたらそのまま引っ張るんだよと言うのですが、どうしても気持ちが焦るんですね。10人いたら10人こう何回も描きますね。だからゆったり描くという事ができないんです。 記: サラリーマンも時間に追われていますよね。 大塚さん: ゆったりしたリズムは作られた部分ではなくて、自然のものなんでしょうね。だからあの、風が吹いてもサーと吹いて、キリッキリッとしたのではなくて、こう風の流れみたいのがあるじゃないですか。そういう所にいると人間もゆったりしますよね。だから機械的な中にいると、自分が知らない間に、機械のリズムに合わせようとするんですね。だから、それが疲れてしまうのではないでしょうかね。人間の持っているリズムというのは、機械的なリズムじゃなくて、特に日本人の場合はもっとゆったりとしたものなんですね。それは、今までの歴史の中でずっとあったものなのですよね。 記: 仕事をしている時はどんなことを考えているんですか? 大塚さん: 何も考えない。もうそれだけです。 記: 顔を彫っているときは自分もそういう気持ちになるんですか? 大塚さん: なっているでしょうね。きっと。怒っているような面を制作している時と、笑っている面を創作しているときは、きっと彫っている表情も違うでしょうね。私には分からない。家の者に怖い顔を作るのはやめてくれって言われます。やっぱり、家にいても表情が違うって。
記: 仕事をしている時に楽しい時はどういう時ですか? 大塚さん: 自分の仕事はこういうことをひとつやろうとねらいを付けたら一気にずーとやってしまうんですけれども、それが出来たな、という時ですね。でも、その時だけ。出来て次の日になったらそれはもう過去のものになる。そうすると、もうつまらなくなってしまうんです。 また、私は自分の製作のほかに、人に教えるという仕事もしていますが、教えることは教えることで非常に楽しいです。自分ではもう忘れてしまったような喜びというか、初めて出来たときの「あっ出来たぞ!」と喜ぶ姿を見ることができる。誰もが出来る能力を持っているから、それを私が引き出してあげる。だから私が教える時には一切手は加えないです。他の先生たちは手を加えて、最後の仕上げは必ず先生がやってあげる方が多いのですけど、私はそれが大嫌いで、絶対に手を出しません。 記: 生徒さんの表現したいことをするのですね。 大塚さん: はじめから最後までその人の仕事だぞ、という事です。そこではそのお手伝いするのが私の仕事だと思っています。
記: 自分で最後までやるというのが生徒さんから見たら魅力なんでしょうか。 大塚さん: そう思いますね。私が手を入れてしまうとその人の主体性が全く無くなる。毛を書く時に最後の最後で、こう、どうしても手が震えてしまうんです。そうするとチリチリの毛になって、まっすぐ書けない。そういうときは「これはこういう風に持ってこういう風にして、力をこう抜いて、腹のほうに力いれて、肩の力全部落としてこう描けばいいよ」と、紙に描いて教えます。そうすると「そんな紙に描かないで、これに直接描いてくださいよ!」って言われるんですが、描いてあげる事は私の仕事ではありません。私は教えるのが仕事ですから。 記: 逆に、生徒さんが作ったものからヒントを得ることってあるのですか? 大塚さん: たまにありますね。えらい失敗をしてくれると。三センチ切るんだぞって言っても、ガ−と切ってしまって。本人は全然失敗したと思っていないのです。結局、なんとかまとめるようにするんですね。そういう時に思っても見ないようなおもしろい面が出来ることもあるんです。 記: ご自分の製作活動と、教室での先生というお仕事との兼ね合いは、どのように取っているのです?
大塚さん: 私が欲しい「仕事をする空間」は邪魔するものがまったく何にもない世界です。たった一人で、音も何にもないところで、仕事だけをやる世界。だから何にも考えないでそれだけやっているので、それだけずっとやっていたらどっかきっとおかしくなるでしょうね。人と一緒にいる教室というのは、私にとってはそれはそれでいいんじゃないかと思います。仕事としては、仕事場でひたすら一人でやった方がはかどりますが、三日・四日やると体が動かなくなる。だから、教室をしながら体を休める。自分ではうまくいっているんじゃないかなと思います。あまり教室が多くても仕事が多すぎてもだめです。今がちょうどいいかなと思っています。 記: 自分の作業をしていて辛い時はありますか? 大塚さん: それはないですね。自分で仕事をしていて辛いというのはないです。まあ、もっと体力があれば、もっとやれるのに!とは思いますけど。そうですね、朝からだいたい8時間ぐらいして帰ってきます。一時期、2ヶ月ぐらい睡眠時間が4時間あれば大丈夫と思って、1日20時間は動けるな、と過信したことがありました。最低15時間は働いていました。2ヶ月して人間ドックへ行ったら、どこかがおかしいんです。そこから元の体に戻るのに、また2ヶ月かかりました。だからその後はこれはやっても無駄だと分かりました。始めはめちゃめちゃ仕事がはかどって楽しいと思っていましたが、だんだん頭がぼーっとしてきて、これはダメだと。そういう事がありましたね。 |